2011年4月28日木曜日

秦野市戸田公園からの大山眺望

                                                                                                       
「アドおおやまみち」(伊勢原歴史解説アドバイザー一期生の方々の大山研究グループ)の宮崎氏より、秦野市の戸川公園から撮影した写真を頂戴しました。
 戸川公園は水無川を生かした都市公園で、新緑が素晴らしい公園です。

2011年4月14日木曜日

大山と富士・お馴染みのTwin View (横浜市瀬谷区から)


 横浜からは3枚目となる、大山眺望写真を頂きました。

 提供者はお仲間の西部女史、撮影者いせはら歴史解説アドバイザー一期生の酒井三雄氏。どこかで聞いたことがあるお名前だと思ったら、昨年10月、「津久井大山道・検証再探訪ウォーク」でご案内のお世話になった方です。「大山研究」のオーソリティー「アドおおやまみち」の仲間です。大山道のことはかなり詳しくご存じの方々のお一人。大事な写真を頂き、恐縮しています。

 写真の裏には次のような記録が描いてありました。

 「富士山と大山。23・1・31 横浜市瀬谷区。 徳善寺 全通院勢至堂にて。」

 ピラミッド型の大山の雄姿は富士山と並ぶと一層際立っています。関八州のあちこちから見え、空に突き刺さる姿はやはり天空へ続く道と見えたのであろうか!?

   霊山もチャペルも白き涅槃かな    H23・1 Seigo


横浜市

2011年4月13日水曜日

桜台小学校のさくら満開


伊勢原市立桜台小学校のグランド周りには見事な桜の木が並んでいます。東側の坂道沿いの桜は道路に枝が出て、邪魔になるので切られていますが南側の桜の木は本来の、絵本のような姿で並んでいます。

毎年、この桜を楽しんでいます。

今年も、見事に咲いています。


風吹けば枝それぞれの花見かな    Seigo

2011年2月23日水曜日

伊勢原・丸山城から渦巻きかわらけ出土☛扇谷上杉氏の居城か?


 今、横浜市立博物館で企画展「ウズマキかわらけ(写真参照)の謎を解く」と題し、都築区の茅ヶ崎城跡から出土のウズマキかわらけと南関東の中世城址との関連を位置づける取り組みがなされている。


先週土曜日(H23,2,19)にはその一環として、ウズマキかわらけが出土した茅ヶ崎城の他、川越城、丸山城(伊勢原・糟谷館)の発掘状況とウズマキかわらけの研究報告会が開催され、市内外から50名以上の参加者が集まって、盛んな議論がなされた。私も仲間10人程と参加したが中世の城郭史に一石を投ずる研究であると感じ、とても有益な一日を過ごした。
 そして、今日、あれから4日後、読売朝刊で、表記に関する記事をヒット。(写真参照)よくまとめてある。感心した。さすが、大新聞の記者である。


 この中で、当市、丸山城の発掘状況が文化財課の諏訪間氏によって報告され、出土品の「ウズマキかわらけ」により、幻の城とされていた丸山城が扇谷上杉氏の城である確率が高いという研究が進んでいるらしい。今後に期待したい。


 丸山城は現在、城址公園なっているが、整備途中、なんとか現状維持のまま公園化しようとする文化財課の姿勢は評価してよいと感じた。





 

2011年2月18日金曜日

伊勢原市下平間の高台から(雪の大山眺望)

岡崎の馬渡交差点から老健施設「ほほえみが丘」を越えると高台になり、白いチャペルの十字架が見えてくる。このあたりは下平間とのこと。細い畑道をまっすぐ進むと旧向上高校敷地に突当り、右は小田原厚木道路へ、左に進むと郵便局を通り過ぎ、厚木へと続く。今日は散歩を兼ね、郵便局まで歩く予定。



 この高台から撮影した大山は春の雪を残し、壮大に迫っている。






   
   
  
       霊山もチャペルも白し涅槃かな     勢吾

 上の写真は「ほほえみが丘」の近くから。下の写真は高台からである。

2011年2月17日木曜日

大山に春の雪(伊勢原市高森から)


久しぶりに、お仲間の村山女史から大山の写真メールが届きました。

ご自宅の高森からの雪の大山を撮影して下さったということです。

村山女史とは暫くお会いしていませんが、19日、横浜市立博物館で行われる「関東かわらけ研究の現在」という一日講座に、伊勢原歴史アドバオザー仲間10人程と一緒に出かけます。この講座では本市文化財課の諏訪間氏が丸山城跡出土の「かわらけ」について講演されるようです。

村山女史の写真は構図が気に入っていて、待っていた写真なのでとてもうれしい。