2013年2月23日土曜日

感激・興奮!!2年ぶりに、埼玉からの大山山影が届きました!!

 このブログの第一目的である大山の山影写真が2年ぶりに届きました。それも、一番欲しかった「埼玉」からの写真、2枚!!
 メールで提供して下さった方は、一度だけお会いしたことのある、権田直助の生地、毛呂山町で屋号「Gakenchi」で個人事業されている町田美雄さん。 
 正月、東京の「ちゃらぽこ散歩会」の皆さんと宿泊した大山宿坊「下神崎荘」で、権田直助の生地、毛呂山町の大山講中「節分会」の皆さんが節分の豆まきに来られると聞いて、どんな講中なのか、興味があり、会長さんの岡部さんにお話をお聞きに伺ったときに、同席されたのが「町田さん」。地元で大山関係に興味を持っておられる方と聞いていた。
 帰り際に、お互いの交信を約束したが社交辞令位にしか受け取っていませんでしたので、交信をさぼっていた。その後、一寸、多忙であったと言う事も言えるが誠に失礼な振る舞いであったと反省している。
 それにしても、思ってもいなかった写真で、噂どおりの「独立峯」を髣髴とさせる2枚でした。
 撮影地は毛呂山町ではなく、高台で、良く見えると言う、自宅から15分と云う隣町の「日高市白銀平」の展望台からでした。
2013.1.4 Am7:00
2013.2・21 Am8:00
それぞれ、撮影日も異なり、素晴らしい山影です。

下のURLは白銀平(矢印)の位置です。大山との関係は40万分の1にして見て下さい。

http://www.mapfan.com/m.cgi?MAP=E139.19.3.4N35.54.19.4&ZM=8



2013年2月11日月曜日

伊勢原・大山山麓に大型中世屋敷跡発見


28日、「伊勢原の遺跡、大山子易地域の新東名高速建設予定地に大型建物跡を発見」と云う情報を仕入れ、早速、翌日しか無いと言う「見学会」に参加。子易地域は親戚や知人が住んでいる所であり、立ち退いた方々も知っているので、見逃せなかった。
大山行き、「明神前バス停」で下車。大山に向かって左側の農道に入ると、大山新道の建設の現場があり、発掘現場はその右上の棚田であった。この棚田、10年ほど前、市農政課の「市民オーナー制度」で稲作を体験した棚田で、改めてこの地域との縁を感じた。
報告は写真中心で行いたいが解説員によれば発掘跡は、13c末から14c始め(鎌倉時代後期から南北朝時代)の「民家跡」ではなく、「武家屋敷跡」だと言う事が大きな話題であると言う。今まで、大山は宗教の山として話題になっていたが武家との関連は無かったからであろう。しかし、御師達の一部は足利尊氏の下に駆けつけているので武力とは関係なかったわけではないと思われる。
また、新聞によれば「鎌倉以外の地域で、これだけ良い状態で建物跡が発見されるのは珍しい。中世の伊勢原を探る上での貴重な発見である。」と云う。
「武家屋敷」である理由として、厩跡があること柱が頑丈で、角柱に削るなど建設様式が頑丈で細工されていることを挙げていた。
また、周囲の状況が谷(南はゴルフ場下の谷、北は鈴川、西は山地、南は伊勢原市街地を見渡せる扇状地)で囲まれている事等、武家屋敷(城郭)としての条件も備わっていると言う。
大山が良く見える。手前のブルーシートが発掘現場


遺跡より子易集落を望む。大山道明神前で開業している鵜川医師はかつてこの辺りの庄屋であった。と云う事は、この辺りは大山地域の中心地域であったとも考えられる。

手前2号掘立柱建物跡・奥が4号で厩
4号堀立柱建物跡(左一段低iい所は厩)
1号掘立柱建物跡。柱間は2m位との事






2013年2月5日火曜日

武蔵・入間郡毛呂本郷からの「大山道」を探る No1

 正月、大山宿坊「下神崎荘」に宿泊したのが縁で、毛呂山町からの「大山参詣道」を探ることになった。「下神崎荘」は以前にも書いたが権田直助とも縁があり、その繋がりで、直助の生家、毛呂本郷の地にある「節分会」と云う大山講があることも知った。
 節分時、その「節分会」が阿夫利神社」の「節分祭」に参加するため大山にやって来ると言うので、節分会講中の方々のお話を伺うことができた。しかし、現在の講中はバスでやって来て、節分祭に参加し、そのまま帰町するという具合で、江戸期の参詣道については、話題になっていなかった。
 ただ、「相模大山街道」(大山阿夫利神社編・S62出版)に出てくる地名などについてお聞きすることができたので、次のとおり、大凡のルートは解明できた。

②◆「相模大山街道」(大山阿夫利神社編・S62出版)による江戸期の探索ルート

毛呂本郷 →日高市p86.武蔵秩父日高・飯能道=日高町を起点とする大山道)
          宮沢村 双柳(なみやなぎ) 
↓ ← 富士山栗原新田 金子  南峯 ←阿須の渡し(入間川渡河)
箱根ヶ崎二本木高萩熊谷熊谷道と合流=p166武蔵より相模へ入る大山道)
(p167~ 甲州街道 八王子より大山へ参照)
拝島 →八王子 →相模国


 詳しい検討事項は後日に譲ることにして、そのルートを、ルートラボでUPLOADしたので、取りあえず、次のURLをクリックして、ルートを辿ってみて下さい。


◆ネット地図(ルートラボ)による江戸期の探索ルート

【毛呂山町から大山までルート】<投稿者:斉藤勢吾>(八王子からは②以下参照)





【八王子からの大山までのルート】 その1(投稿者:海老名市高橋氏)



【八王子からの大山までのルート】 その2(投稿者:海老名市高橋氏)







◆参考 <ネット地図による現在の自動車ルート/徒歩ルートは「詳しい地図を見る」をクリックし、徒歩で探索して下さい。>>