2012年1月9日月曜日

相模岡崎城関係史跡再探訪ドライブ①・・・岡崎神社

「岡崎城の話」を纏めるに当たって、仕事始めの、1月4日(水)文化財課の諏訪間氏に電話で、プレゼンスのレクテュアを要望。即座に快諾を受け、5日、午前中2時間にわたって、細部の説明確認や資料の提供等頂く。
 特に、昭和60年に発刊された「相模岡崎城址総合調査書」以降の状況も納められた資料を提供された時は昂奮した。
 写真を見て頂きたい。不明であった地元の方の地名呼称もはっきり書いてある。
「これは、是非、当日の参加者に見て頂きたい。」と思い、自宅に借り受けている。 




 所で、その彼から、8日(日)に生家のある南足柄市に行く序に、「真田与一の討たれた場所に案内したいが・・。」と云う連絡があり、即座にOK。近所のM氏も同行。朝、9時に我が家に迎えに来ていただき、3人で勇んで出かける。

 諏訪間氏の案内ぶりは説明ポイントを徐行運転しながら、しゃべり(説明し)続けるという凄技。岡崎公民館での丁寧なご案内には恐縮した。手がけたいせはら歴史解説ボランティアの講座生への不安であろうか、それともより高き所への案内したい、という思いのためであろうか。

 手間暇かけての対応には、もはや役人を存在を越えている。お人柄もあろうがそのお人柄で救われた伊勢原の文化財が数多くあるのではなかろうかと思われる。
彼の時間外の活動は以前にも同行した事があるので、とても嬉しい反面、とても恐縮している。


 

彼の事はこれ位にして、岡崎神社の岡崎義實とその説明板等撮影。屋内には「新相模風土記稿」に書かれた絵図のタイル画があったので撮影して来た。

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