2011年11月24日木曜日

今年の刻字は「忍辱」

「忍辱」は「にんにく」と読みます。

3カ月かかって、ようやく終わりにしました。色付けはアクリル絵の具です。もっと、空色にしたかったのですが・・・。


「忍辱」とは、お釈迦さまの教えの中の「六波羅密」という六つの修業徳目の中の一つです。

六波羅蜜とは、六波羅寺解釈によれば、「この世に生かされたまま、仏様の境涯に到るための六つの修行をいいます。波羅蜜とは彼岸(悟りの世界)に到ることです。その六つの修業徳目は、布施(ふせ)・持戒・忍辱(にんにく)・精進(しょうじん)・禅定(ぜんじょう)・智慧の六つです。」とあります。

難しいので、私は、曹洞宗の寺院が信者のために解訳している訳(写真参照)を愛読しています。

来年から、順次、刻字して行こうかなと思っています。

シニアの歌グループ「歌好き我ら」・訪問コンサートに行く

当ブロガ―の斉藤も所属していますが、シニアの歌好き仲間が何となく集まって作った「歌好き我ら」という歌グループが、初めて、2ヶ所の障害者施設を訪問し、歌を歌ってきました。






1122日(火)は平塚市南金目にあるNPO法人の「花」。

コンサート終了後、利用者と職員が畑で作った薩摩芋を使っての手作りお菓子を頂きながら、みんなでテーブルを囲み、楽しく談笑したのが忘れられません。

「定期的に来て下さい」と云って下さったのがとても嬉しかったなあ!「歌好き我ら」のメンバーは皆シニアですので、残りの人生、こんな風に歓迎してもらえるのに涙が出るほど感動します。

 帰りには牛乳パックで作った手作り葉書を頂いて帰りました。







翌日の23日(水・勤労感謝の日)は伊勢原市岡崎にある社会福祉法人施設「さくらの家福祉農園」の「収穫祭」のアトラクションとして出演しました。

担当者が練習場のカラオケ店「マリリン」に打合せに来て下さったのが嬉しかった。施設長さんのご好意にも感謝で一杯。撮影隊の原さんや西部さんにも感謝。

当日は小春日和で、市長さん以下、複数の市会議員さんや役所の担当者や近隣の方々の参加もあり、盛会に開催されました。

畑の真ん中での青空コンサートでしたが利用者や元歌仲間の飛び入り等もあり、賑やかに楽しく終了できました。

終了後は頂いた「お餅」券、「焼きおにぎり」券、「お茶」券等で、おいしい時間も過ごせました。

利用者が年間を通じ、有機農法で栽培した「米」や「みかん」「野菜」などを買わせて頂き、土産に持ち帰りました。最近は「ブルーベリー」の栽培も始めたようです。

 道端に「即売所」もありますので、馬渡辺りに来たら立ち寄って下さい。

2011年11月21日月曜日

道子窯体験ツアー報告(窯入れ)

11月21日(月)は素焼きした作品の窯入れの日です。
 ブロッガーは10時頃現場に着きましたが、焼成お仲間のM氏や斉藤兄が到着していて、既に「窯入れ」は始まっていました。
 私は写真などを撮りながら、しばし、窯入れを見学。
作品は一つひとつ、丁寧に粘土粒で台を作り、大きさに合わせて並べて行く。一度、並べては具合いを見て、並べ代えると云う根気の入る作業です。
 途中、窯から這い出て、壊れた作品の手当てなどもしながら、又、お仲間と相談をくり返しながら、ゆっくりと時間をかけて作業を進めていました。
 11時過ぎ、体験ツアーの仲間の作品を窯入れが終わった所で、何時終わるか分らない・・・・、と云う事で、斉藤兄弟は引き上げました。
 午後、岩熊氏が来所されたと云うメールをもらいました。お会いできず、とても残念です。12月の辻堂町内会コンペで会いましょう。

 焼成時の見学時は、1300度にもなる窯の温度を受けるので、化繊の衣服や手袋はダメ(火で溶ける)、サングラス着用(目を保護)、窯の周囲をやたらに触れない等のご注意を頂きました。 以下、写真の説明で、報告をします。
 焼成は、昼はM氏、夜間は佐藤氏で分担するようです。


窯入れ作業中の佐藤氏











左は粘土で台をくっつけた作品。
右は、焼成後の粘土台の跡。











この作品は素焼で軸の部分が折れたので、折れた部分を粘
土で保護し、釉薬や灰を掛けて溶かし、くっつけようと云う算段。
上手くゆけば良いが・・・。(熊ちゃんか野久保氏の作品)





斉藤兄の作品。成型時、皿の表面を叩き、凸凹の模様をつけたが本焼きで灰をたっぷり掛けて、表面を灰釉薬で覆い、平らにしようと云う算段。
 作者の期待ぶりは相当なもので、元会社の作品展に出して、仲間を大いに感心させようと興奮気味。









左の写真は一度焼成した作品です。弁柄がどんな風に仕上がるのかがはっきりわかる作品です。
中央部の濃い茶色部が弁柄で、上部や淵部の白っぽい部分は灰が溶けた部分だそうです。





窯の一番奥に、体験ツアーの仲間の作品が収まりました。
後は、上手く焼けるよう祈るだけです。
この手前に、佐藤氏とM氏の作品が並ぶようです。
M氏は陶芸のプロではなく、オーソリティーという佐藤氏からの紹介がありました。
よろしく、お願いします。

2011年11月20日日曜日

いせはら景観フォトメッセージ展応募写真④

市制施行 40 周年記念事業 「いせはら景観フォトメッセージ展」
 「いせはら景観フォトメッセージ展」は、伊勢原市のこれからの景観づくりをみんなで考える作品展です。
 「残したい」「良くしたい」「教えたい」「生かしたい」と思う、風景や景色、まちなみなどを写真とメッセージで紹介してください。

応募作品④<いつまでも残したい場所>                                       

撮影場所は岡崎5569番地、岡崎義実の家老宅であったと云う森氏宅の入り口辺りです。右側は最近、調整区域から解放された馬渡から大磯線に抜ける市道の北側で、平塚市の日向岡に見るような現代型岡状住宅群ですが様々な課題も抱えています。

その向こうに伊勢原の象徴「大山」が聳えています。この風景が見れるのはいつまでであろうか?「大山」を眺める度に、その思いは募ります。

 市道の南側はまだ調整区域ですので宅地化は進んでいません。40年前まで、この辺りの小川や堀では釣り竿で魚を釣ったり、ざるで掬えば小魚が獲れ、芹や数珠だま等を家族ずれで取りに行ったものでした。

 いずれは調整区域から外れ、宅地化が進むだろうと予測し、地価の値上がりなどを計算して、ニヤッとしたりした頃もありましたが、まだ調整区域です。

 「我がままと言われそうだけど、もう、このままで良いよねえ!?」「土地の値上がりより、このままの静けさが良いね?」と隣のご夫婦と話すようになった今日この頃です。                          
  



2011年11月19日土曜日

いせはら景観フォトメッセージ展応募写真③

市制施行 40 周年記念事業 「いせはら景観フォトメッセージ展」
 「いせはら景観フォトメッセージ展」は、伊勢原市のこれからの景観づくりをみんなで考える作品展です。
 「残したい」「良くしたい」「教えたい」「生かしたい」と思う、風景や景色、まちなみなどを写真とメッセージで紹介してください。

応募作品③<いつまでも残したい場所>                                         

ここは岡崎7000番地代と平塚市城所地区との境界線にあり、まだ里山風の風景を残している地域です。写真の手前には矢羽根川が流れており、かつての天神下から続く低地帯です。矢羽根川の治水化は進んだとはいえ、まだ、台風が来れば水があふれてきます。

しかし、この写真の周囲には様々な建造物が建ち、かつての里山風景を、そして、この古墳のような里山を左右から削り取っています。

撮影地は岡崎の6000番代の朝日新聞店辺りの平塚伊勢原線からですがこの間の田圃地帯を矢羽根川の鯉や訪れる小鷺や青鷺、セキレイ等と組みにして、何とか様々な木々の茂る公園にできないだろうかと夢のような思いを抱いている年寄りです。

私は伊勢原市をまだ「第2の故郷」とは思えませんが私の子どもにとっては「ふるさと」です。子どもたちには「誇れる故郷を残したい」と頑張っている老後です。

2011年11月18日金曜日

いせはら景観フォトメッセージ展応募写真②

市制施行 40 周年記念事業 「いせはら景観フォトメッセージ展」
 「いせはら景観フォトメッセージ展」は、伊勢原市のこれからの景観づくりをみんなで考える作品展です。
 「残したい」「良くしたい」「教えたい」「生かしたい」と思う、風景や景色、まちなみなどを写真とメッセージで紹介してください。

応募作品②<いつまでも残したい場所>

撮影場所は岡崎の5000番代、かつて岡崎城の野陣台であった丘の上です。戦乱の時代、城主、岡崎義実はここからどんな気持ちで「大山」を眺めてであろうか!?

この丘に登るには「みのり幼稚園」近くの我が家の門前から続いている畑の中の坂道を100メートル程登ればすぐです。大句の子どもたちの通学路にもなっています。

我が家の2階から眺めると、野陣台に続くこの坂道は、56年前、香港で撮影された名画「募情」を思い起こさせるほど詩情豊かに登って行く事ができます。

この野陣台については知ったのは、文化財課主幹の「伊勢原歴史解説アドバイザー」養成講座の終了時です。それからこの台地が愛おしくなってきました。

過去、この地を通りぬけて大きな道路建設が計画されたと聞いています。宅地化より道路の方がまだ良いと思っていました。少なくとも、宅地より広い空間が確保でき、大山の眺めもこの写真に近いように残ると思われるからです。

風景をそのまま残すのは難しいが、かつての風景をできるだけ残そうとする努力する姿は市民の方々の賛同と支持を受ける筈です。

2011年11月16日水曜日

いせはら景観フォトメッセージ展応募写真①

市制施行 40 周年記念事業 「いせはら景観フォトメッセージ展」
 「いせはら景観フォトメッセージ展」は、伊勢原市のこれからの景観づくりをみんなで考える作品展です。
 「残したい」「良くしたい」「教えたい」「生かしたい」と思う、風景や景色、まちなみなどを写真とメッセージで紹介してください。

応募作品①<いつまでも残したい場所>

  ここは岡崎5560番地にある、かつて岡崎義実の家老であったと言われている森氏宅の東側道路です。
 40年前、岡崎の天神下に転居して以来、犬の散歩などでこの細い、木陰一杯の坂道を通っていました。若葉、木陰、落ち葉、大小様々な木株、笹竹等と出合うたびに、生まれ故郷の置賜盆地を思い起こし、妙に癒され、心を和まされてきた、大好きな坂道でした。

「その内、この坂道は消えるだろうな!他人の土地だが何とか残したいなあ!!」と嘆息を繰り返していました。その度に、「市民の方々にクローズアップしたいなあ!!」と思いつつ、その機会に恵まれませんでした。

 あれから35年、今回、やっとその機会に恵まれ、大急ぎで撮影し、応募しました。

 「ああ、やっと、この坂道の事を人に話す事ができた!!」と今、云うだけでも心が満たされ、とても興奮しています。この企画に「ありがとう!!」と云いたい。