2013年1月14日月曜日

「平塚通り大山を歩く!!」(ちゃらぽこ散歩会)に参加②          目黒旅館で「神教歌」を拝聴!

目黒荘
「平塚通り大山を歩く!!」の計画では、13日、阿夫利神社宮司の宿坊「目黒旅館」で、宮司の奥方とその仲間たちが受け継いでおられる「神教歌」を拝聴し、その後、山頂まで登山すると言う。
 私と今回、「神教歌」の演奏を取り持った西部氏は、演奏会終了後はお別れとなる。
 「神教歌」の演奏は、見事な松が描かれた襖絵を後ろにした舞台のある大広間で行われた。写真はOKだが、録音はダメと云う中で、5人の演奏家が並び、20人程の観客が座布団に正座して拝聴という緊迫した中で始まった。
 「神教歌」で使われる楽器は鞨鼓(かっこ=雅楽の唐楽に用いる両面太鼓。)と笏拍子(さくびょうし=神楽(かぐら)や催馬楽(さいばら)などで用いる打楽器。長さ約36センチの笏を縦に二つに割ったもの。主唱者が両手に持って打ち合わせる。)と笛の三つであるが笛はなかった。
 時間の関係もあり、20分ほどの演奏を拝聴出来た。私の印象では、仏教の「御詠歌」に近いメロディーもあったが御神楽に近いメロディーが多かった。


鞨鼓(右にあるのは「神教歌譜」。

歌いながら笏を打ち合わせる。

笏拍子(笏を二分した物。樫が良いと言う。)

 録音が出来ないが東大教授のヘルマンさんがネットで公開している採譜をオルガン音で演奏したユーチューブがある。URLは次のとおり。



「平塚通り大山を歩く!!」(ちゃらぽこ散歩会)に参加①          大山宿坊「下神埼荘」に泊る!

計画書
風人社・小菅氏のお誘いにより、パンフの企画に参加。第1の魅力は、風人社が企画した、権田直助の「神教歌」を聴けること。第2は、地元民も滅多に経験できない大山宿坊に一度は泊ってみたかったこと。
 主催者の喫茶店「ちゃらぽこ」さんについては全く無知。後日の話では、風人社と、お互いにネットで知り合った仲だと言う。今回の計画では、12日、平塚駅から宿坊の下神埼荘まで歩く。翌日は、阿夫利神社、宮司の宿坊「目黒旅館」で「神教歌」拝聴し、女坂から山頂を目指し、午後下山。
下神埼荘
私はウォークも、登山もせず、宿坊に泊まり、翌日の「神教歌」を拝聴することだけの、風人社側のスタッフとしての参加。「ちゃらぽこ」さん側の参加者は15名ほど。皆、街道歩きや町歩き、登山の好きな方々の集まりらしい。それだけに、集まった個性は千差万別。知識も性格も、専門性もバラバラだが内容は深い。この事は、真夜中まで続いた宴会で分ったが疲れたので、早く寝てしまった。
 しかし、今回、思いもかけない幸運にであった。先導師で、宿主の話では、「権田直助」が度々訪れて、書を認めて行ったという。宴会場の周囲には、「屏風」や「額」「掛軸」に書かれたという直助の書で一杯である。「権田直助と書かれた書は、これだけである。」という先導師自慢の書も、長押に掲げられていた。直助の書はあちこちにあり、生地の企画展でも展示されていたので、有名である事は知っていた。しかし、名筆で読めない。下神埼荘の書も読めないし、読んで貰う努力もした事がないらしい。それなら、挑戦して見ようと皆、写真に撮って来た。
夕食会
また、この宿の檀家に、毛呂山町の「節分会」があり、毎年節分に参詣に来ると言う。この「節分会」の代表者は毛呂本郷にある生地跡に建つ「岡部米店」主であった。
 兎に角、「権田直助」をこれだけ主張している宿坊は初めてである。と云うより、直助を「売り」にしている宿坊などないと思っていたが、「あったあ!」と云う事で、下神埼氏はいろいろ質問する私に好意を持ってくれたようだ。


直助の直筆屏風

権田直助と名のある書「盡敬神之誠?」


未解読の書
13日は、「岡部米店」の作った「権田直助伝」を借用して、少し興奮気味に宿を出た。

なお、ちゃらぽこ散歩会のメンバーさんの「平塚大山通りを歩く」のウォークブログもありますので、見て下さい。

http://tohotoho.exblog.jp/19843511/


http://shiragahimajin.wordpress.com/2013/01/12/%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%89%E3%81%BD%E3%81%93%E6%95%A3%E6%AD%A9%EF%BC%9A%E5%A4%A7%E5%B1%B1%E8%A1%97%E9%81%93%EF%BC%88%E7%9F%A2%E5%B4%8E%E9%80%9A%E3%82%8A%EF%BC%89/


2013年1月11日金曜日

初仕事は、市内小学校へ出前授業「縄文土器焼き」

 昨年11月30日、縄文土器づくりの出前授業を行った小学校の校庭の一隅で、昨日、年明けの正月10日、卒業を控えた子どもたちが作った縄文土器の野焼きを行った。
 この小学校では「縄文土器づくり」の野焼きの出前授業は初めてで、先生方も熱心に取り組まれたようで、8時45分、学校についた時は、既に子どもたちが近くの工務店から頂いた「木端」が円形に、山と積まれていた。土器はこの木端の中央に運ばれ、全体に乾かされたのち、火をかぶせ、3時間ほど焼成する。
 子どもたちは別教室で乾燥させていた自分の作った土器を大事そうに抱え、注意深く、「木端」の輪の中央に並べていた。
「木端」の輪の中央に並べられた土器
 この日は0度に近い寒い朝で、サブリダ―のいせはら歴史解説アドバイザー、6人も厚着をして控えていたが点火と同時に、火の熱さに耐えかねて、セーターを脱ぎ棄てていた。周りから燃え上がった火は、やがて大きな火柱となると、子どもたちは興奮した叫び声や歓声となり、校庭の一隅は興奮の坩堝のようになっていた。
焼きあがった土器
子どもたちとの合同授業はここまで。一旦別の学習をした後、午後にまた集まり、焼かれた土器の手渡しが始まる。ここからがこの授業の正念場である。焼成の段階で割れたり、小さい物は炭に埋もれてしまう事があるので、アドバイザーたちは、それを補完するために、必死になって、副作成した小さい土器や割れた土器の欠片を探す。火箸を使い、炭や砂を1cmづつ掻き分けて、探し回る。
 この日は、釘などの危険物も含め、5cm程の土器が4,5個、発見され、子どもたちに戻った。底が抜けたりしたのもあったが、可愛そうなのは30分以上、7人で10m四方を探したが見つからなかった子の欠片があった。先生方は「これも記念だ!」と慰めていた。
 私は土器作成で一緒だった促進学級の子どもたちの作品を発見し、デジカメに納めた。一人の男の子は別の土器に入っていた円形の3cm程の粒土器を「自分のだ!」と見極め、さっと自分の土器に戻していた。子どもたちにとって、どんな小さな粘土団子でも、自分で作ったもので「大切な土器」なのだ。
 アドバイザーたちはこの事を良く知っているので、どんな小さなものも無沙汰にはしない。だから、這いつくばって、熱い残り火をかき分けて必死に探すのである。
ハートが出るか心配だった土器
最後の集会では、先生方が「この授業は沢山の方々のお陰でできたのですよ!」と教えていたことが印象に残った。
数字が良く出ていて大満足
聞けば、「木端」を提供してくれた工務店の店主もこの小学校の卒業生で、ご子息3人もこの小学校卒業生であったと言う。こう言う話は結構、子どもたちの心に残るものである。
マテュリューシカも一緒の作品
  終了したのは3時過ぎ。馬渡の自宅に戻った時は4時半になっていた。

2013年1月4日金曜日

初詣クル―ズ・向島の牛島神社参拝

 例年、初詣は地元の伊勢原大神宮にしていたが、今年は東京向島の牛島神社となった。
というのも、昨年末、東京国立博物館に「中国王朝の至宝」展を観覧に行った時、立ち寄ったレストランにあった「初詣クル―ズ・牛島神社で昇殿参拝」というチラシを見つけた。
獅子舞い


白髭橋辺りで
企画は、両国の東京水辺ラインと言う観光舟会社である。両国の船着き場から観光船で、隅田川を上下し、最後は向島の牛島神社で初詣をし、解散という企画である。両国は江戸博物館や吉良邸跡等もあるが何と言っても、現在続行中の「地代官山口作助が歩いた道」ウォークの最終目的地、上粕屋村の地頭の旗本間部詮昌の屋敷跡もある。4年ほど前、「大江戸検定」時に、上さんと一緒に、両国から日本橋、有楽町辺りの八丁堀跡を探して歩いたが間部家跡など思いもつかなかった。それに、江戸城の築城の石運搬に大きな役割をした隅田川クルーも魅力的であった。
 家族の賛同も得て、3日は8時前自宅出発。9時前両国駅着。国技館等を覗いて、少し時間を調整し、桟橋へ。しかし、多くの方々がもう集まっていた。クルーの担当者が出てきて、企画の中に、獅子舞い」が入っていると言う。
言問橋から
「獅子舞い」と云えば、子どもの頃、林崎集落にある常光院の文殊祭りで、獅子頭をかぶった事がある。舎弟二人も一緒だ。
 小学生が中心で、一人が獅子頭を被り、一軒一軒門付けをし、「頭を噛んでもらうと風邪をひかない!」というご利益に、幼子の頭を差し出す母ちゃん方の腕の中で、怖がって泣き出す幼子に得意になったものだ。
獅子舞の一団は3人で、皆高齢者。しかし、巧みに笛と太鼓に合わせて踊っている。
珍しいので、動画にし、YOU TUBEにUPした。
今日はここまで。後は写真で・・・。



牛島神社近くに伊勢が浜部屋があるが・・・




牛島神社

2012年12月21日金曜日

特集 毛呂山人物伝「権田直助」(毛呂山町広報誌)発行されました。

 伊勢原・大山・阿夫利神社ゆかりの「権田直助」が生誕地の埼玉県毛呂山町広報誌で特集され、今日、その広報誌が我が家へ届きました。 
 「権田直助」については、その生涯の特異性や多事多難な生涯から、町の偉人として紹介されていませんでしたが、幕末の動乱期、勤皇の志士としての活動や国学者としての「句読点考」出版などの業績が認められ、毛呂山町は改めて、町の偉人に加え、子どもたちにも紹介を始めたようです。
 伊勢原でも、いせはら歴史解説アドバイザー等が阿夫利神社境内の銅像や墓地となっている権田公園等を調査研究する方々も現れ、伊勢原市郷土史研究会等でも取り上げられるようになっています。その主な観点は「神仏分離令」後の阿夫利神社の再興に貢献した祇官としての、また「句読点考」を出版した国学者としての直助の活動です。
 「直助」の生誕地では、没後125年記念企画展が、毛呂山町歴史民俗資料館で開催されたのは10月~11月にかけてです。「権田直助」に関心を持つ「いせはら歴史解説アドバイザー、4人の有志」は、大山関係の展示品(「中村屋」さんの所有する「神教歌譜」等)を提案する等、この企画展の担当者と連絡を取り合いながら、この企画展に参加させて頂いたりしたのが縁で、後日、訪問閲覧させていただきました。(11月14日の記事参照)
 この企画展を受けて、町の広報誌も特集を組んだようです。伊勢原関係の情報として、私の記事も掲載されています。 そして、この広報誌を関係する伊勢原の方々にも送付していただきました。と云う事で、この広報誌のお陰で、私が「いせはら歴史解説アドバイザー」にならせていただいてから、ずっと心で描いてきた國文学者として、初の句読点に関する著作「句読点考」を著した権田直助の偉業を世間に広めたいと言う念願の大部分がクリアされました。


 広報誌は新聞紙型ではなく、28ページに及ぶ雑誌型で、とても見ごたえのある町の広報誌でした。その一部を紹介します。

2012年12月17日月曜日

「中国王朝の至宝」(国立東京博物館)特展観覧してきました。

 細君が「押し花教室の研修会」で、小田原に終日出かけると言うので、私は上野に出かけることにした。目的地は表題の特別展。
 予定では、上野の会場まで2時間。ピッタリに博物館に到着。会場は「平成館」。
 しかし、そこで待っていたのは、手荷物検査。ザックを開けるよう指示され、内容物をチェックされた。多分、現在の尖閣諸島の一件で、トラブルを警戒をしているのであろう。文化交流に、この様な心配をしなければならないのは悲しい。しかし、これが現実であろう。
 私の最の関心事は、「夏」の出土品。しかし、会場で出合ったのは、夏や殷と同時代とされる「蜀」の出土品であった。思い起こせば、四川省で出土した「蜀」の青銅器の出土品は、今までにない形状と模様で、世間にデビューしたのは、何時であったろうか!?その事を、すっかり忘れていた。
 昭和30年、高校生の頃、受験と云うので覚えさせられた中国王朝名は、「夏・殷・周・春秋・戦国・秦・漢・三国・両晋・南北朝・隋・唐・五代・宋・元・明・清・中華民国・中華人民共和国」であった。「蜀」は無かった。
日本史と中国史はこんな漢字が嫌で、カタカナで良い世界史に走った。
 そこで、「カルタゴの名将ハンニバルは、10万の兵と37頭の象を従えて、ピレネー越え、ローマに攻め入ったが、ローマの騎兵に、如何ともしがたく、遂に、自滅!」と広島大出身の伊賀仁先生の名調子に出会い、西洋の古代史にのめり込んだ。
 伊賀仁先生は所属した山岳部の顧問でもあり、部歌は広島大山岳部の部歌をそのまま引用。しかし、その歌は、芹洋子さんが歌っている「坊がつる賛歌」でした。
  そんな青春の一時期を思い出した。
 しかし、この朝、駈け込んだ新宿行きの急行電車で、初めて若い女性から、「席」を譲られた。誕生日から、72年9ヶ月後の事である。
 まだ、ゴルフでは、ドライバーを持てば、250ヤード飛ぶんだけどね。
 29年ぶりの師走の衆院選挙も、朝、投票を済ました。
 政治に期待するのは、景気浮揚以外は、今の所ない。


 




2012年12月3日月曜日

伊勢原での「第九演奏会」ネット配信されています。

 平成24年12月2日(日)伊勢原市民文化会館大ホールで演奏されたベートーベン交響曲第九番「合唱付」がネットで配信されました。
 このイベントは昨年から始まった文化会館の記念イベントの一つで、今年は私も合唱団に入り、三ヶ月間の急ごしらえで、歌いましたが完全には暗譜出来ず、隣に先生に来ていただいて、ようやく歌いきることができました。
 友人に誘われ、目的意識を持って練習を重ね、先生や仲間の方々の後押しもあり、オーケストラとの音合わせの時期から興奮していました。
 当日は、約1000人のお客さんを前に、今までにないテノールな声を出すことができました。当日だけ加わった先生や応援の音大生の方の正確な音程があったので、兎に角のびのびと歌う事ができたのが良かった。
 今日、花束を下さった友人からのメールで、褒められたり、車検を頼みに行った近くの自動車修理工場の若奥さんから、「去年より良かったよ!」と拍手を頂いたりと今日は嬉しい一日であった。
 別件で、電話した友人から、ネットで配信されていることを教えられました。


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