情報提供感謝!!!②「お太刀洗い」の神事 埼玉県川越市連雀町、「本阿弥稲荷神社」
標記の件、毛呂山町の町田氏より、次のとおり、情報提供を頂きましたので、お知らせします。
斉藤勢吾様
川越3件目の「お太刀洗い」を撮ってきましたのでご報告いたします。
何時もの通り写真の枚数多いですがご了承してください。
今回は過去2件と違って町廻りが有りますので、神事編と町廻り編の二部構成としました。
講元様、自治会長様のブログアップ同意済みです。
毛呂山町 町田美雄
六軒町・連雀町は7月1日を大山山開きとしている。
川越市連雀町、六班によって毎年大山開きの七月一日に行われていたが子供が参加することや、出席する方の都合により七月の第一日曜日に「お太刀洗い」を行っている。大山講の祭りであり、旧地名の西連雀町にちなみ「西連講」と呼ばれている。「西連講」は江戸の末期天保六年三月氏子代表が相州大住郡坂本村に詣り、大山阿夫利神社を勧請し当地に合祀し雨降り太刀を奉納し現在の「西連講」の前身である大山講を結成した。御神体は石剣である納め太刀を受け、御太刀の制、初山及び盆山の終わりを実施し天下泰平を祈願する。戦後一時期中断していたが昭和五十三年七月有志により再開された。祭りは宮司の祝詞の奏上で始まり、三m以上ある御太刀を聖水で洗い清め子供達を始め老若男女が一体になり「ワッショイ、ワッショイ」と声をはりあげ御太刀を担いで各家を廻り、悪疫清掃、家運長久、商売繁盛を願い、お札、御幣を授ける。二年に一度春の大山阿夫利神社の祭礼に「西連講」一同は御礼祈願を実施している。最近では、「西連講」も人が少なくなり連雀町全体の講としたが大山阿夫利神社にはしばらく行ってないとの事。御札は熊野神社から頂いてるとの事
「ISEHARA・おもてなし隊」からのコメント
いつも、情報ありがとうございます。
他県や他市町村で、大山の神事が大切に守られている実情を教えていただく度に、我が町のことが心配になってきます。
伊勢原市では、大山信仰の地元だからであろうか、様々な民間の神事が生活になじんでいる所為か、止めようとか、無くなってしまうとかいう不安には襲われないようです。
しかし、外から入ってきた住民には、小さな神事から、だんだん無くなっていく様子が見えてくるのです。皆、無くなってしまうのではないかと心配しています。
私たちも、7月の定例会で、この件を話し合い、「町内会の大山灯籠行事」を調査し、文化財として残したいと活動を始めることにしました。
手始めに、私達の古文書解読の師匠でもあり、伊勢原の文化財審議委員でもある鈴木良明氏(鎌倉国宝館館長)を訪ね、見解や今後の取り組み方などについて、お話を伺うことになりました。
御地の状況など、また、お知らせいただければ、幸甚です。
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